19 幻の大地

Mission19 幻の大地


 トンネルを抜けると、そこには見たことのない世界が広がっていた。
地上には広大な森。しかし、空には雲がかかっている。
「ここが、幻の大地なのか……?」
最初にトンネルから出てきたレイは、周りの風景をきょろきょろと眺めている。
「あ、あれは?」
ルナの目に留まったのは、空中に浮く岩。そして、そびえ立つ建物。
空中に岩が浮いているというだけでもただ事ではないのに、
建物の真上にあたる部分の雲は赤みががっている。
その赤い雲が、不気味な雰囲気を漂わせる。
「あれが、時限の塔だな」
カミルが話す。
「あそこに行って時の歯車を納めれば、星の停止を止めることができる」
しかし、消せない疑問が1つ。
「でも、どうやって行くの?」
カミルは、少し考えてから答えた。
「オレ達の調べによると、虹の石舟に乗れば時限の塔に行けるらしい。
 それは確か……思い出した。古代の遺跡に眠っているという」
「つまり、まずは古代の遺跡を目指せばいいってことか」
レイが納得する。
「そうだ。レイ、ルナ!もう少しだ!」
「行こう!」
3匹は、森の中へ入って行った。

 とりあえずは、時限の塔に近づいてみることにした。
確信はないが、古代の遺跡もその辺りにあるのではないかと考えたのだ。
しかし、道のりは決して楽なものではなかった。
外界から隔絶されたこの幻の大地にも、多数の野生ポケモンが生息しているのだが
彼らにとって、外からポケモンが来ることは天変地異にも等しいのだろう。
ゆえに、一行を見かけると確実に襲ってくる。1匹の例外も無く。
「なんて凶暴なんだ、ここの野生ポケモンは!」
レイが、トロピウスを撃ち落とす。
隣にいるルナは、れいとうビームでガブリアスを凍らせる。
「全ては相手にしてられないな。邪魔なヤツだけ倒して突っ切るぞ!」
「わかった!」
ラムパルドを斬り倒したカミルに返事をしながら、
レイは目の前のトリデプスに向けて10まんボルトを放つ。
だが。
放った閃光が、何かに引き寄せられていく。
「なに!?」
茂みの中から、ライボルトが現れた。
その角に、レイの放った10まんボルトの閃光は吸い寄せられたのだ。
ライボルトは全く動じている様子も見せない。
「ひらいしんの特性を持っているようだな」
「敵に回すと、こういうことになるのか……」
カミルが、そしてレイが言った。
レイの攻撃を吸収したライボルトは、素早く充電を始める!
辺りが少しだけ暗くなる。
「来る!」
ライボルトが吠えるとともに、その体がまぶしく輝く。
続いて轟音が響く!
「ひえっ!!」
ルナのいる辺りが光った。びっくりして飛び上がる。
「ルナ!」
レイとカミルが振り向く。
「あわわわわ……」
ルナはおびえて動けないでいる。
その目の前で、地面の一点が黒く焦げていた。
さっきまでルナがいた場所に、ライボルトの雷が落ちたのだ。
レイが向き直り、ライボルトとトリデプスを抑え込もうとする。
だが、何か違和感がした。
周囲を見ると、カミルがいなくなっている!
それに気づいた時。
「よっと!」
突然、ライボルトの真下からカミルが現れた!
穴を掘って攻撃したのだ。
ライボルトは、その一撃でノックアウトされた。
「チャンス!」
今度こそ、レイがトリデプスを仕留める。

 これで、一行の周囲には静けさが訪れた。
「大丈夫か?」
レイが、ルナとカミルに声をかける。
「オレは何ともない」
「な、なんとか……」
ルナが落ち着きを取り戻すのを確認して、
一行は先に進んでいく。

 到着した時に見た感じの距離と比較して、
時限の塔は実際には遠い場所にあった。
それでも、少しずつ確実に近づいていくのを感じた、そんな時。
「ここは……?」
3匹がたどり着いたのは、不思議な建物。
壁には彫刻や壁画が見える。
そのほとんどが、見たこともないポケモンだった。
「えーと……『大地を広げしポケモン・グラードンと
 海を広げしポケモン・カイオーガの戦い』……」
「『神と呼ばれるポケモン……時間のディアルガと空間のパルキア』……」
壁画には、そのような文字が刻まれていた。
「どうやら、ここが古代の遺跡らしい。虹の石舟を探そう」
一行は、壁画の部屋から先に進んでいく。

遺跡はそれほど広くなかった。
少し奥に進んで外に出ると、目の前には大きな階段。
「階段が目の前にあるのなら、登ってみるしかない」
このレイの台詞は否定しようもなかった。

 階段の頂上には、地面に不思議な模様が描かれていた。
考えずともわかる。
キュウコンから渡された石に、磯の洞窟の扉に描かれていた、あの模様だ。
そして、その中央にはくぼみが1つ。
「何かありそうだな……」
「これは?」
意味ありげな物は、模様だけではなかった。
文字が刻まれた石板。
「なんだ、この文字は?」
レイが言った。
「アンノーン文字だな。古代の言葉で書かれている」
カミルがこの文字の正体を知っていた。
アンノーン文字――それは文字通り、アンノーンというポケモンを文字に見立てたものである。
石板に近づき、カミルが文字を読んでいく。

 時限の塔へ行かんとする者 鍵を納めよ
 この地に封じられた虹の石舟の その中央に

「……なるほど」
カミルが、石板の文章を解釈する。
「どうやら、ここ自体が虹の石舟になっているらしい」
驚くレイとルナに構わず、カミルは先を話す。
「虹の石舟を動かすには、そのくぼみに鍵を納める必要があるという。
 鍵は……多分、あの石だろうな」
そう言って、カミルはルナを見た。
「え、あ、あの石ね?」
ルナがくぼみに近づき、石を取り出す。
「試してみるわ……」
その時。

「そこまでだっ!!」

突然、大声がした。
「まさか!?」
レイ達にとっては、声の主が誰かというのは考えるまでもないことだった。
そして彼らの予想は的中していた。
現れたのは、スペクター。
「ウイイイーーーーーーッ!!!」
そして、手下のヤミラミ達。
「予想してはいたが、やっぱりしつこいヤツらだ」
カミルが吐き捨てるように言った。
「フフフ……お前達を見逃すことはできないのだよ。
 ここで待っていれば、わざわざ探す手間も省けるというものだ」
一瞬のうちに、一行はスペクターとヤミラミ達によって取り囲まれていた。
いつものように、ヤミラミ達はその目と爪を光らせる。
「……悪いが、また未来まで来てもらうぞ」
そう言ったスペクターだったが、その表情が訝しいものに変わる。
レイ達が素直に従いそうもないことを、察知したかのように。
そして、それは正しい推測だった!
「ギャアーッ!」
6匹のヤミラミ達は、レイ、ルナ、カミルの一斉攻撃によって
まとめて弾き飛ばされた。
その間に、一行は階段を降りる。
降りた先は、広さのある平地。
スペクターがヤミラミ達を引き連れ、階段を降りてくる。
「貴様ら!この期に及んで抵抗する気かっ!!」
「当たり前だっ!!」
カミルが言い返す。
「……そうか」
ヤミラミ達が、スペクターの両脇を固める。
「……いいだろう。もう後には引くまい。
 この場で決着をつけようではないか」
「望むところだ!!」
再びカミルの言い返しが響いた。
途端に、辺りに静けさが漂う。
まさしく嵐の前のごとく。
「この圧倒的に不利な状況の中で……
お前達がどのくらい抵抗できるか、見せてもらおう!」
――始まる。戦いが。
「行くぞっ!!」

 かくして、決戦の火蓋は落とされた。
6匹のヤミラミ達が、一斉に飛びかかる!
「そらよっ!」
カミルは飛んできたヤミラミを受け流し、背後からリーフブレードを決める。
それと同時に、レイは正面からのすいへいぎりで敵を弾き返した。
しかし、瞬時にレイは何かを疑った。
なぜか自分のもとには、ヤミラミが1匹しか来なかったことを。
そして正解はすぐに見えた。
ルナに向かって、4匹が一斉攻撃を仕掛けようとしている!
「そういうことか!」
ヤミラミ達はすでに攻撃の構えに入っている。
鋭い爪が光った。
「ウイイイーーーーーーーーッ!!!」
「……っ!」
ルナは、自分ができる限りの守りを固めた。
すると。
「!?」
4匹がかりのみだれひっかきが、ルナに全く届いていない。
かすり傷ひとつ、つくことは無かった。
「おのれ!防御の技か!」
後ろのスペクターが吐き捨てた。
その時には、レイとカミルがヤミラミ達を一掃していた。
6匹が地面に転がっている。
「なるほど、本気のようだな……」
スペクターが、両腕を広げる。
「そうだ、オレ達は本気だ!!」
カミルが正面からスペクターに迫る!
そして、両腕の葉で斬りつけ……るつもりだった。
「なに!?」
レイとルナも、目の前の事態に驚きを隠せない。
カミルのリーフブレードを、スペクターが左手だけで白羽取りしたのだ。
「ふんっ!」
すかさず右腕の拳が飛ぶ。
「ぐはっ!」
その拳は、炎が燃えていた。
カミルの苦手とする、ほのおタイプの攻撃だ。
「覚悟しろ!!」
続いて、両腕から黒い球を放つ。
「シャドーボールか!」
1発がレイを直撃した。
2発目はルナに向かって飛んだが、防御によって受け止めた。
「ならば、これでどうだ!」
3発目もルナ目指して飛んでいく。
今回も防御を試みた。
しかし、突然ルナの動きが止まった。
「きゃっ!?」
スペクターのシャドーボールが、正確に命中した。
「いつまでも逃がしてたまるものか!」
スペクターは、なおも堂々と立つ。
やっと起き上がったカミルは、何が起きたかを見抜いていた。
「いつの間に、かなしばりを使ったのか……」
レイ達の目前で、スペクターが姿を消す。
3匹は、注意深くスペクターを探す。
その大きな姿は見えないが、影だけは見える。
スペクターの影が地面を滑るように動く。
そして……影は見えなくなった。
「どこだ!どこにいる!?」
スペクターの影は、ルナの影に重なっていた。
影が笑い出す!
「ぎゃああああ!!?」
あまりにびっくりして、ルナは座り込んでしまった。
それと同時に、ヨノワールが姿を現す!
「どんなに努力しようが……お前達の実力では!」
両手に黒い球を作り出す。
「所詮勝ち目は無いのだっ!!」
再び、シャドーボールがレイとカミルを直撃する。

 一方的だった。
どうにも勝つ術が見当たらない。
レイ達は立て続けに攻撃を受けているのに対し、
スペクターは息一つ乱していない。
「諦めちゃダメだ!どこか突破口があるはずだ!」
出せる限りの声で、カミルが叫ぶ。
その間にも、スペクターが近づく。
顔には勝ち誇るような表情が浮かんでいる。
「お前達にしては、よくがんばったと思うが……ここまでだ」
スペクターの腹部が上下に割れる。
その中には、謎の空間があるように見える。
「お腹の口が……大きく開いてる!?」
ルナの顔に冷や汗が流れている。
何かを仕掛けてくる、そんな不安に。
だがその一方で、レイは静かに目の前の敵を見据える。
――待てよ、これは……!?
思いついたことを、レイは仲間達にこっそり言う。
「そんなことができるの!?」
「もう後がない!この一撃に、全てを賭けるぞ!!」
スペクターが、息を止めた。
――来る。
「くらえええぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
黒い球が、一直線に飛んできた。
今までのよりも大きい。
だが。
「やらせないっ!!」
ルナが前に進み出ると、可能な限りの力を注いで自分の身を守った。
大きなシャドーボールに少しずつ押されてはいるが、
それでも正面から受け止めている。
スペクターの余裕の表情が、少し崩れた。
「今だっ!!」
続いて、カミルがリーフストームを放つ!
収束された強風が、一直線に伸びる。
「うぐっ!」
スペクターが揺らいだ。
そして。
「いっけええぇぇーーー!!」
レイが、ためていた力を放出する。
それはいつも使っているでんきタイプの力とは違う、謎のエネルギーだった。
シャドーボールに似た黒い球が、スペクターの体内に収まる!
「ぐわあああああああああああっ!!!」
体の内部で、爆発が起こるのが見えた。
そして……スペクターは前に倒れた。

 動かないスペクターを前に。
「や……やった……」
ルナは再び座り込み、レイとカミルも深呼吸をした。
しかし、1つの疑問が浮かぶ。
「なんでレイが、ゴーストタイプの技を……?」
「ああ。ピカチュウにシャドーボールが使いこなせるとは思えない」
当の本人は、少し考えて言った。
「僕にもわからないな。なんだか、不思議な力が目覚めたというか……」
「目覚めた?となると、これはめざめるパワーかもな」
使い手によって効果が変わる技だと、カミルが説明した。

一方、この戦いを遠巻きに眺めていた、6匹のヤミラミ達は。
「ウイイイッ、まさか……」
「ウイッ……ス、スペクター様が……」
「スペクター様が……た、倒されたぁーーーーーーーーっ!!」
6匹一斉に、驚きのあまり飛び上がった。
「ウヒイイイイイイイーーーーーッ!!」
ヤミラミ達は時空ホールを開き、我先にと逃げていった。
後には、レイ、ルナ、カミル、そしてスペクターだけが残される。
ここで、カミルがルナを見て言う。
「ルナ。神殿の頂上に行って、あのくぼみに石を入れてみてくれ。
 オレ達は、ここでスペクターを見張っている」
ルナは頷いて、階段を登っていった。

 レイとカミルが、スペクターの方に視線を戻す。
先ほどまで動かなかったスペクターが、再び動き出す。
「うぐぐっ……カミル、レイ……」
うめくように声を出す。
「お前達、本当に……本当に、これでいいのか……?
 もし、歴史を変えたら……」
カミルの顔が青ざめる。
レイは、得体の知れない不安に襲われた。
――嫌だ、それ以上は聞きたくない……

「私達未来のポケモンは、消えてしまうんだぞ……」

レイの思考回路がフリーズした。
――な……なんだって……!?
「私だけじゃない。未来から来たお前達2匹もだ……それでも……」
何も考えられないまま、レイはすがるようにカミルを見た。
しかし、そのカミルの何かをこらえるような表情が、続く言葉を予感させた。
「……本当だ、レイ。歴史を変えれば……オレ達は消えてしまう」
ガーンという音が鳴ったようだ。
レイは今度こそ本当に何も考えられなくなった。
「でも……でも、いいんだ。それで時が動き、世界に平和が訪れるのなら」
言葉を右から左に流してしまいそうなのを必死で止め、
カミルの言葉を聞いていく。
「オレはそのために、やってきたのだから」
見ると、カミルの表情は澄んだものに代わっていた。
「また、シルビアも……消えるのがわかっている上で、協力してくれてたんだ」
その時、レイの頭に1つの過去が呼び起こされた。
いや、それは過去ではなく未来。
黒の森で、シルビアが言った言葉――

「それに、もし星の停止を食い止めることができて、この暗黒の世界が変わるなら……
 わたしも命をかけて、カミルさんに協力します」

今ならレイにもわかる。この言葉の意味が。
スペクターを押さえつけながら、カミルが話を続ける。
「オレも、そしてお前も、その覚悟は同じだった。だが、今のお前にその記憶は無いだろう。
 だから急にこんなことを言われたら、戸惑うと思う」
ここで、カミルの目線がレイに向いた。
「しかし……どの道オレ達に選択肢はないのだ。世界を平和にするためには。
 わかってくれ……レイ」
レイは、未だ何も考えられなかった。
頭が働かない。動かそうにも動いてくれない。
だが、ここでもやはりカミルの言葉は正しい。
そのことだけは理解できていた。
いや……レイは否応なしに理解しなければならなかった。
「ただ、1つ気がかりなことがある。この時代に来て、変わってしまったことがある」
言われなくてもわかった。
「そうだ……今の僕には、カミルの他にも仲間がいる」
この時代で出会った4匹のポケモン……ルナ、グレア、イオン、ロット。
レイは彼らとともに探検隊として活動してきた。
思い返せば、数えきれないほどの楽しい思い出。
「別れたくない……僕だって……だけど、それ以上に……」
「あの仲間達も、お前がいなくなったらさびしがるだろう。特に、ルナは……」
またしても、レイは過去の出来事を思い返していた。
忘れもしない、ルナを失いかけたあの時。
――あの時感じた深い心の傷を、今度はルナに負わせることになってしまう……
レイは、体全体から力が抜けていくのを感じた。

 その時。
「……ぐおっ……ぐおおおおおおおおおおおおおおっ!」
スペクターが、あらん限りの力を込めてカミルの押さえつけから逃れた。
「なっ!?」
「歴史は……歴史は変えさせんっ!!!」
右の拳に炎が巻き起こる。

――何がが衝突した音がした。
一瞬の後、レイは何が起きたのかを理解した。
レイに向けられたスペクターの攻撃を、カミルが受け止めたのだ。
スペクターが、カミルの両腕を捕えて言う。
「おのれ、またしてもお前か!!」
カミルを引っ張りながら、ゆっくりとスペクターが歩きだす。
その先には、ヤミラミ達が開けていった時空ホール。
「まずはお前から始末してやる!!」
だが。
「うお……うおおおおおおおおおおっ!!!」
先ほどのスペクターと同じように、
今度はカミルがスペクターを振りほどき、そして抑え込んだ。
すぐ目の前に、時空ホールの入り口がある。
「な、何をするっ!?」
「スペクター!このまま……このまま、貴様とともに……未来へ帰るんだ!!」
「な……」
「なんだって!?」
その言葉は、衝撃を与えるのに十分だった。
レイにも、スペクターにも。
「レイ!受け取れ!!」
そう叫び、カミルは持っていた袋をレイに放り投げた。
中には、時の歯車が5個。
この世界でカミルが各地を回り集め……
そして、星の停止から世界を守るために、必要なものだった。

その時、階段の方からルナが戻ってきた。
「みんな!虹の石舟が……って、どうしたの!?」
ルナもまた、目の前の衝撃的な事態に驚いている。
「ルナ!ここでお別れだ!オレはスペクターを道連れに、未来へ帰る!!」
「!!?」
突然告げられた別れに、ルナは何も言葉にできなかった。
「もうここへは、2度と戻れないだろう。レイのことを……頼んだぞ!」
「そ、そんな!」
あまりの事態に、頭がついていけないようだった。
「それにカミルの代わりなんて……私にはできないよ!」
すでに声はふるえ、今にも泣きそうな表情になっている。
一方、カミルはいつもの強い口調で言い返す。
ルナ、そしてレイを見ながら。
「やるんだ。そして、ルナならできる。
 お前達は……最高のコンビだ」
不思議と、ルナは何も言葉を返さなかった。
ここでカミルは、何かを取り出してレイに投げ渡す。
「これは!?」
「復活の種だ。ピンチになったら使ってみろ」
レイはもらった道具を自分の道具袋にしまう。
「ぐおっ!離せ!離すんだあっ!!」
しかしその傍ら、スペクターは必死にもがいている。
だが、カミルを振りほどく力はもう残っていないようだった。
「もう少しだ、静かにしてろっ!」
カミルは両腕に力を込め、スペクターを押さえ込んでいる。
そして、今度はレイとカミルの目が合う。
「じゃあな、レイ。オレはお前に会えて幸せだった。
 別れはつらいが……後は頼んだぞ!」
――足が、体が動かない。
  カミルが、目の前からいなくなろうとしているのに。
そして、カミルが今度はスペクターを見据える。
「待たせたな!!」
言うが早いか、スペクターを時空ホールの中に放り込んだ。
その我が身ごと。
「ぐわああああああああああああああっ!!」
後には、スペクターの絶叫が響いた。

 残された2匹のポケモンは、しばらく何も口に出そうとしなかった。
しかし、階段の上から物音が聞こえる。
「これは……?」
「虹の石舟の……起動音……」
2匹は、どちらともなく階段を上り始めた。

「ねえ……レイ」
ルナが、静かに話しかける。
「カミルが最後に言った言葉……私、その気持ちが痛いほどわかるわ……。
 レイはカミルにとって、ずっとコンビを組んできた仲間。
 そんな仲間と別れるのは……私にはきっと耐えられない……」
傍目にもわかるほど気落ちしているルナを見ながら、
レイはいたたまれない気分になっていた。
なぜなら、もう少しで……もう少しで同じ気持ちを、
そのつらさを……ルナが受けなくてはならないのだから。
――歴史を変えれば、その時自分は消滅する。
  ルナと一緒にいられるのも、この冒険が最後だ。
言ってしまおうか。レイは少しだけ考えた。
だが、結論は決まっている。
――言えない。言ったらルナが自分のことを止めるかどうかはわからない。
  けど、それよりも……僕自身が、前に進めなくなる。
覆そうにも覆せない結論だった。

やがて、2匹は階段の上に戻ってきた。
この地面に描かれている模様が、虹の石舟だった。
今にも動き出しそうだ。
2匹が乗ると、石舟は静かに動き出した。
行く先は、空に浮かぶ時限の塔。
「カミルのためにも……がんばらなきゃね!」
決意を新たにするルナの隣で、レイもまた覚悟を決めねばならなかった。
いずれ来るであろう、別れの時。
その時は、近い――



Mission19まで来ました。原作のChapter-19です。
ラスト直前で、ストーリー的には大盛り上がりというところ。

今さら言うまでもなく、次回で原作のエンディングに到達します。
書き進めるだけで、Blackの精神状態がヤバいことになりそう……。
しかし、このMission19を皆さんが読む頃には、
BlackはMission20を書き終えているかと思いますが。

いざ、運命の時へ――

2008.09.05 wrote
2008.10.01 updated



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